終戦70年、この節目に「本当にやっておくべき」こと

日本時間の1942年12月8日、空母を主力とする大日本帝国海軍の艦隊がオアフ島真珠湾(パールハーバー)の米国太平洋艦隊基地を襲撃。

これが、大東亜戦争(のちにGHQの施策により「太平洋戦争」という呼称に強制変更された)のはじまりです。

そして1945年8月15日、昭和天皇による終戦の詔書の音読放送(玉音放送)により大東亜戦争終結。

今年2015年は、それからちょうど70年が経過する節目の年となる。

このタイミングで私たち【70年後の日本人】が「本当にやっておくべきこと」とは、なんなんだろうか?

「民間人を殺戮してはならない」と定めたジュネーブ条約を犯し、「原爆(原子爆弾)」という超大量殺戮兵器によって約38万名もの尊い人命(ほとんどが民間人)を奪っておきながら全く謝罪をしなかった某大国の機嫌を取り続けることが「本当にやっておくべきこと」なのだろうか?
(企画第六号)

終戦70年、この節目に「本当にやっておくべき」こと

断言できる!私たちは今、「幸福を享受している」

私は、至って幸福です。

そりゃ…ご覧のとおり細々と自営で仕事をしていますから、経済的に不安定だし、周囲の皆さんがガレージに高級車をおいている中、私の愛車は10年落ちの軽自動車。

家だって「ウサギ小屋」のような建坪25坪の総二階建て。

着ている服も、平気で10年前のも使ってる。

人さまに自慢できるのは…せいぜい、愛犬の「ルナさん」くらいです。

でも、私はとても幸福だ!!

なぜなら、42歳になった現在まで一度も大病を患ったことも無く、妻子も至って健康、大元気!!

確かに経済的に豊かではないけれど…でも、住宅ローン以外の借金はゼロ!!

なんだかんだ言っても、ちゃんと三度の食事は満足に食べられるし、狭くとも雨露をしのぐ我が家もある。

ささやかながら余暇を楽しむ余裕も、あります。

…なにより決定的に「幸福」なのは、

この国が戦争をしていない!!

これがどれだけ素晴らしく、どれだけ健全で、どれだけ素敵なことか…「戦争を知らない世代」のあなたに、理解できるだろうか?

いや、失敬…知ったかぶりしている私だって、ホントはあなたと同じ「戦争を知らない世代」だから…まだ全然理解できていないカモ…;

でも、戦争をしていないから…「戦時中」じゃないから、

・自分の生命の危険が無い
・わが子や友人、親戚の武運や無事を祈る必要が無い
・「次の食事にありつけるだろうか?」食べ物の不安が無い
・自由な時間に、好きなところで好きなことができます
・3日後、1か月後、1年後、10年後…未来がある

当然のように「命の心配」が要りませんし、自分や家族、友人の無事を心配して祈る必要も無いんです。

心配しなくても明日も明後日も、ずっとずーーっと、食事の心配はありません。

もし万一、どうしても経済的に苦しくて食事にありつけそうになければ…生活保護などのセーフティーネット施策が生命を守ってくれる、保証してくれる。

「いつ空襲があるかわからない」「奉仕活動で休みが無い」…当然そんなことはないですから、いつ、どこに行って、誰とあって、何をするのもあなたの自由です!!

そして何より素晴らしいのが…「次の瞬間に人生が終わる」「明日は来ないかも…」といった心配はなく、普通に数日後の予定を立て、冬にはスキーに行こうか?来年は海外旅行しようか?退職したら田舎に移住しようかナ…とう「未来」がある…これは、とても素晴らしいことです。

・ポンコツ車しか乗れない
・狭い家で息がつまりそう
・働いても働いても贅沢できない…

だから「不幸」ですか?

私は、ぜんぶ当てはまってしまう…なら、私は不幸な人なんだろうか!?

いや、違う!!

それは平和に慣れすぎて、「不幸」と「欲望」を間違えているだけだ!!

怪しい宗教みたいで、ちょっとアレなんですが…「あなたは幸せです!」

私も「幸せ!」

だって、「戦争を知らない世代」でいられるのだから、これほど幸福なことはない!!

この幸福は、偉大な先人たちからの「かけがえのない贈り物」

大東亜戦争の戦時下、まさに「一億総動員」…老若男女を問わず、全ての日本人が戦争の痛みを受けました。

私の母方の祖父も、帝国軍人として満州、そして戦争末期には沖縄の宮古島で戦いました。

帝国陸軍少佐、小宮善吉という人です。

既に故人ですが、幸いにも戦地から生還し、90余年の天寿を全うすることができました。

祖父は戦場という修羅場を幾つも潜り抜けてきたハズなのに、非常に温厚で常ににこにこしていました。

戦時中に無数の爆音を拾いすぎた耳は聴力を奪われてたのと心臓に持病がある他は、とても快活でした。

まるで戦争などなかったかのように、静かに余生を過ごしていました…が、きっと想像を絶する地獄絵図の数々を体験してきたはずです。

私の祖父だけが、特別じゃない。

かの時代を生きた皆さんは、等しく沢山の「苦労」「我慢」「悲しみ」…【戦争の痛み】を経験してきた貴重な証言者です。

そして、戦争で失われた230万名もの尊い人命…さらに、当時の大日本帝国のみならず戦禍を被った周辺諸国や、戦った米軍を中心とする連合国諸国の将兵民間人を含めると…いったい、どれだけの犠牲をはらったのか…。

こうした先人たちの【痛み】【苦しみ】【犠牲】を代償として、私たちは「当たり前」と錯覚してしまいがちなほど日常化した【平和な生活】の恩恵を享受しているんです。

戦後70年…私たちが「今、すべきこと」

私なりの結論を述べさせていただくならば…

答えは、私たちそれぞれが見つけるべきです。

なぜならば、「強制される」では無く、全ての「自由」は先人たちの尊い犠牲の上でようやく得た幸福だから。

あなたなりの自由な考えで、是非見つけてほしい。

戦後70年の節目の今、あなたが「今、すべきこと」を。

国の偉い方々が心配し、考えていることも…わかる。

確かに今、「これまでとは異なる超大国」に対する不安が強くなっているのも、わかる。

だから、難しい。

そもそも「正しい答え」など、最初から存在しないのかも知れない。

でも、今…この節目に、私たちは【改めて知る】べきです。

戦争という辛く悲しい時代が、かつて本当にあったこと。

そして、【正しく知る】べきです。

強者の都合で歪曲された偽りの記録では無く、かつて本当にあったことを。

今日の「幸福な日常」は、大東亜戦争という大変な時代に生きた先人たちからのかけがえのない贈り物。

本当に…本当にささやかでいいんです。

彼らに対する感謝の気持ちが芽生えたら…どうか、あなたなりの「今、すべきこと」を実践して欲しい。

私は…これから、探しに…いえ、「取り戻しに」行ってきます。

【歪曲されていない、正しい事実】を。

それは或は「残酷な事実」かも知れないし、「これまで信じていたことと異なる事実」にショックを受けるかも知れない…。

でも、私が知らなければ、どうして「もっと知らない」子供たちに…次の世代に伝えることができるでしょうか?

戦後70年の節目に、私はまず「知りたい」。